可能性は無限大。

【在宅ワーカーが近未来の日本を救う】積み上げてきたものを自分で打ち砕く勇気を持て!



事業を興すという事はこういう事。

個人事業主としてスタートしたのが2014年8月。

 

選んだ業種は飲食系のコンサル業という立て付けの不動産ブローカー。

かつて自分が所属していた会社のスキルを最大限活かすしたのだ。

 

この業種は当たればデカいが、当たらないときは収入0である。

 

8月・・・売上0円(前職時の給料を25日に貰えた)

9月・・・売上0円

10月・・・売上0円

11月・・・売上0円

 

無収入状態が三ヶ月。
もう無理かも。。。

 

と思っていたが、やっと蒔いた種が実ったのが12月。

 

12月に売上800万円!!

粗利は100%だ。

またしても、どん底からギリギリ這い上がる事ができ、

これで、何とか食いつなぐ事ができて光明が見えた。

 

1月は30万円位、2月は80万円位。

少しずつではあるが、やっと軌道に乗り始めてはいた。

 

が、転機は突然訪れる。

ネットビジネスの世界に参入する契機を迎えたのだ。

 

2015年2月下旬。

 

数日前に契約が決まった店舗の、閉店の確認作業をしていた時の事。

閉店する店舗の店長(50歳過ぎの男性)から、突然相談を受けた。

店長「実は父親が倒れてしまって。
元々母親はもう寝たきりの状態で、
父親は看病に大変だったんだと思います。
もう、自分が面倒みるしかないんで、
閉店するのはいい機会だったかもしれません。」

私「え?そうなんですか・・・
とても大変な状況ですね?お子さんは?」

店長「高校生の息子と中学生の娘がいます。」

私「今、お金がかかって大変な時期ですね。
ご実家とお住まいは近いんですか?」

店長「それが悩みなんですよ。今住んでいるのは湘南です。
実家は埼玉の秩父の方です。通うのは不可能なんですよ。」

私「なるほど。それは大変だ。
これからどうするんですか?
次の職とかあてはあるんですか?」

店長「それが・・・閉店も急な事だったし、
父が倒れたのも3日前のことで。
今日は店の引継ぎの為に来ましたが、正直ここにいる場合ではないんです」

私「そうですか・・・何か得意な事はありますか?
私ができる範囲で、もし次の職とかアテンドできるよう動いてみますよ。」

 

そして、彼は連絡先を私に伝え、その場を後に。

その時、私は日本の近い将来の縮図を見ているような強い印象を受けたのだ。

いつか、1人で2人を面倒見なければならない時代がやってくる。

しかも突然に・・・

 

もし、同じ境遇に当時の私が立たされたとしたら、恐らく自分の家庭も崩壊してしまう。
勿論、職も失い収入減もない。

最悪の状態になっていたはずだ。

私は、当時の自分にできることを精一杯やってみた。
が、知人の飲食企業に彼をご紹介することくらいしかできなかった。。。

多少、実家からの職場は近くなったものの、
当然だが根本的な解決には至らず。

彼はその後、音信不通となった。

 

私は飲食業上がり。

だから彼があの時、どんな状況に置かれていて、
どの程度の収入があったのかは何となくわかる。

一ヶ月でも収入が滞ると、大変なことになるのは明白だった。

育ち盛りの子供が二人もいるのだから尚更だ。

 

 

いつか抱えた

「人の力が1人分にしかならない事業は限界点がある。」

というあの時の葛藤。

 

そして、今自分が生きている意味を深く考え、

「何が起きたとしても自分一人の力で

何とか生活の糧になるような稼ぐ力を身につける、

そしてそれを一人でも多くの方々に再現してもらえるようにスキームを作ろう!」

と決心し、それを自分の社会的使命であると勝手に意識するように。

 

働き手が徐々に減っていく現在の日本においては、

自分の力を何倍にもする事ができるネットビジネスでの新しい稼ぎ方が

今後は大きな力を持ってくるはずだ。

 

子育てをしながらでも、
親の介護をしながらでも、
隙間時間の数時間を利用して一ヶ月分の生活費を稼ぐ

 

「在宅ライター」という新しい職業。

これを世に浸透させよう。

アンケートに答えて何百円とか、アプリ登録して何百円とか、そういうお小遣い稼ぎ程度のものじゃない。

「在宅でできる実業」を作るんだ。

0から収益を生み出す構造を作り出す事こそが、
自分の生きる意味なのかもしれない。

 

そう思い始めた2015年の春先。

驚くようなニュースが流れ、話題を呼びましたね。

年金受給者の制限が25年から10年へと引き下がるという。

しかし、25年間年金を収め続けたところで、貰える年金は月額たったの4万円。

10年の方は1万6千円だそう。

 

生活保護者が得る金額より、貰える年金受給額は低い。

自分は満額収められていないので、将来得られる額は微々たるもの。

 

馬鹿げてる…

 

それじゃ、将来は年金以外の蓄えがない限り、生きる事すらできないじゃないか。

 

年金受給できる年齢は更に引きあがるという。

こうなってはもう、国や企業に頼っている時代ではないのは明白だ。

 

自分が何歳になったとしても稼げる仕組みを作らない限り、
将来は暗いものでしかない。

 

家族を助けたくても助けられない。

 

手を拱いてやみくもに生きていれば、
きっとその壁にいつかぶち当たってしまう。

 

そんなのはまっぴら御免だ!

 

超長期的に稼いで頂けるような仕組みを作る!

自分の替えが全く効かず、
出っこみ引っ込みのある事業の限界点を感じていたこともあり、

私は飲食コンサルタントとして積み上げてきた10年以上にも及ぶ自らのスキルを棄て、
全く知らない未経験のインターネットビジネスへと事業転換の舵を切った。

 

スティーブジョブスは言った。

「積み上げてきたものを自分で打ち砕く勇気を持て!」と。

 

その通りだ。

将来、縮小傾向にある業種で、自分にしかできない事をやっても仕方がない。

それだと、ずっと1は1のままなのだ。

 

お金が無いながらも、妻を必死に説得にかかる。

 

そして、2015年3月9日。

個人事業主から転じ、その決意をもって会社を創業するに至る。

 

ネットビジネスは全くのド素人。

 

しかし、道は思ったよりも・・・

・・・・・・・険しくなかった。

 

険しくないというのは半分冗談で、半分は本気の言葉。

 

飲食業で一人前になる為に費やした苦難の日々と労力に比べると、遥かに楽だった。

理不尽な師弟制度の下、

その技を伝授されることはなく「盗んで身につける」という料理の世界。

 

そんな世界でずっと耐えてきた自分にとっては、

ネットビジネスで成功を勝ち取るまでの道のりを考えると

やはり険しい道程では無かったように思える。

 

YouTubeとFacebookの融合

動画は言葉の壁を超える万国共通のコンテンツであり、
Facebookも世界通じるSNS。

そして『六次の隔たり』によるキラーコンテンツという事もあって、

その相性は良いだろうという感覚は何となくあった。

が、何をすればお金になるのかすらわからない素人だ。

 

まず、選んだ情報商材がハンモックユーチューバーというYouTube商材。

50万円もするのだから、間違いはないだろうと購入。
お金がなかったので、12回分割でクレジット購入だ。

 

購入した途端、まず度肝を抜かれた。

これを自分が買った途端、その商品URLを紹介してくれた人には30%もの報酬が入るというのだ。

 

これがネットビジネスの世界か・・・

 

初めて、アフィリエイトというものに触れた瞬間だった。

 

そして、さらにお勧めの商品があるよ!
と自動的に開かれた商品ページ。

 

それが、「Facebookで日給2万円稼げる」というのが謡い文句の、
バイラルメディアプロジェクトという情報商材との出会いだった。

 

この2商品を使いこなせて、

融合させられればこの先ずっと食べて行ける・・・

 

淡い期待を持った自分は、
更に妻を必死に説得にかかった。

「50万円の商品を買ったすぐ後に、さらに30万円!?」

そう簡単にOKは出るはずもなく。。。

 

が、必死に妻へのアプローチをする自分に、ようやく首を縦に振ってくれた。

 

出された条件は、

「30万円は私のポケットマネーで払うね。これを3ヶ月以内に事業で返して。
これができなかったら、もう会社畳んで。」

との事。

 

私は絶対にできるという根拠のない確信だけはあって、
妻からの援助を得ることに成功した。

 

しかし、現実は甘くはなかった・・・

 

5月下旬にスタート。
1日17時間近い作業量を数ヶ月重ねた。

そして夏までに得られた報酬は、僅か40万円。

妻の条件だけはクリアできたものの、
Facebookで日給2万円なんて、到底無理!!!

というのが、初めて見てようやくわかったのだ。

 

自分に足りないものは何か・・・

答えを探しに、私はまた別の情報商材を求めた。

 

そして出会ったのが、
「Facebookで月間100万円稼げることを保証しますよ」
というもの。

それは70万円だ。

そこには、元プロボクサーで日給13万円稼げたという猛者もいて、
私がその門を叩く決め手となった。

が、それだけではなかった。

現状をどうにか打破したい自分。

更に、30万円、50万円と別の商材を購入する。
(※これは完全に詐欺商材だったので、先方の事務所まで出向いて返金してもらったが(笑))

得られた報酬で次のモデルを購入。

 

ノウハウコレクターのような状態が続いてしまっていたが、
最低限の生活だけは何とかなっていた。

 

自分が思っていたビジネスモデルまでの道は険しく、
先行きが全然見えなかった2015年の秋頃。

 

ただ、一つ言える事は

0を1にするのは非常に難しい。

しかし、それは努力次第で何とかなる。

そして、それを乗り越えれば1を2にするのは0を1にするより遥かにカンタンだ。

という事がわかった。

 

この原則だけは何となくコツを掴めた。

やっと巡り合ったメディア運営で収益を得る成功法則。

0が1になり、1が2にはなっていた。

が、そこから前に進まない。

 

1が3になり、4になり・・・

 

そういう勢いで駆け上がらない限り先は明るくない。

結局は自分で掴むしかないのだ・・

そう決心し、日々の作業の大半をトライ&エラーに費やした。

 

そして、やっと辿り着いた成功法則。

 

アクセスは1円以下で集める。

集めたアクセスは1円以上にする。

 

この仕組みを作ることができたのが、2015年の冬だった。

ただ、所詮は素人だ。

アクセスを集めすぎると、サーバーがパンクする。
サーバー代に投資をする→折角の利益を食ってしまう。

それが落ち着いたら、今度は広告会社から否認されるはアダルト判定される(泣)

やっと軌道に乗ったと思ったら、今度はアカウントBANされ・・・

なかなか波に乗れないのだ。

 

それでも、何とか食いつないでいたものの、
資金繰りは月を追うごとに悪化する・・・

 

キャッシュフローの限界点が見えた2016年2月。

 

折角事業の兆しが見えてきたのに、
もう今月はお金が無い・・・

 

どうしてもどうしてもどうしても、
「会社を閉じる」という選択だけは出来なかった。

 

また、あんな思いをしたくない。

もう家族を路頭に迷わせるわけにはいかない。

そして、自分がとった行動は・・・

 

私は必死に資金繰りに奔走し、当面の運転資金として知人から400万円の調達をしてきた。

この資金が尽きるまでに、絶対に今の事業を軌道に乗せる!!

 

そう決意し、それを攻撃資金に充てた。

そして、今の基盤であるメディアを2016年3月に0から立ち上げる。

 

自分の理論と法則だけは正しかった。
これは、後リリースしたBuRuプロジェクトの根幹となっている。

 

ただ、それを実践するできるための環境を整える事ができずにもがいていたのだ。

 

アクセスを集めれば集めるほど嵩むサーバー代。
高い時は月20万円を超えた。

 

アクセスを集めることはできる。

それをお金にする事もできる。

 

しかし、経費が嵩むのはどうしても抑えられない・・・

 

この葛藤を払しょくする事ができたのが、2016年6月の喪黒福造氏との出会いだった。

喪黒氏からコンサルを受けるようになり、サイトデザインが一新された。

Googleアドセンスを利用するようになったのもこの頃。

驚くような機能が少しずつ搭載されていき、
収益力は一気に高まることになった。

アクセスを集める事だけには長けていた自分は、
喪黒福造氏のコンサルはドンピシャでハマったのだ。

喪黒氏はBuRuプロジェクトにおいても、
会員のサーバー管理と、クローズド高単価SSPを提供してくれている敏腕エンジニアだ。

 

それからというもの、
「これは伸びる!!」という確信だけはあったが、
錚々簡単に結果が出るものではない。

 

1日17時間の作業とトライ&エラーはこの時も続いていた。

 

喪黒福造氏のコンサルを受け始めて、
やっと目が出始めたのが出会って3ヶ月くらい経過した9月頃だっただろうか。

 

ようやく月間粗利益で100万円の壁を突破できた!

 

自分は記事を書いてFacebookで拡散させるだけ。

 

正直、特別高いスキルを必要としているわけでは無く、
その仕組みさえあれば誰でも稼げるモデルなんだという実感が湧いていた。

 

試しに、その記事を某マッチングサイトで募集したライターさんに書かせ、
自分はその記事を拡散させる事だけに注力してみると・・・

同じような結果が得られるではないか!!

 

やっと、辿り着く事ができた量産型のビジネスモデル。

 

在宅で月間100万円稼げるようになれば、気持ち的にも随分と楽である。

いよいよ、このモデルをプロジェクト化できる基盤ができ始めてきていた。

 

私は喪黒福造氏のコンサルを受けて覚醒することができた。

【覚醒】ステージが変わった瞬間「1000万PV達成すれば、見える景色が変わるよ」

 

しかし、それを皆が受けるのは到底無理な話だし、費用も掛かる。

余談だが、このホームページを作ってくれたのも喪黒福造氏だ。

 

では、自分が得たその知識をマニュアル化して広めるのはどうだろうか?

在宅で稼げる社会を作る。

もし、これが実現できれば、私はやっと自分に課した社会的使命を乗り越えられるかもしれない。

やっと、恩返しができるかもしれない。

そういう想いで、自分が得たものを商品化するという構想を持つようになった。

 

幸い、自分は初心者なので、

「ここさえ打破できれば稼げるのに」
「この部分だけに特化して自分はやりたいのに」
「こういう指標が無いと何から手を付けていいのかわからない」
「もっとこうして欲しい」

こういうフラストレーションは常に持っていて、
そういうストレスが無いような構造を作りたいという想いが強い。

ネットビジネスに参入してから、満足のいく結果が得られるようになるまで費やした約一年半。

 

私の好きなアップルの創業者、スティーブジョブスの言葉で
「ピンチの時ほど物事が良く見えるぞ」という格言がある。

 

だから私は、遠回りはしたかもしれないけど、
それを失敗だとは思っていない。

成功への必要なプロセスだったと思っている。

 

皆が私と同じように、毎日17時間もパソコンと睨めっこして作業をする事は恐らくできないはずだ。

時間さえかければよいというものでもない。

 

だからこそ、きっちりやる事さえやって貰えれば、
最短距離で結果を出せるスキームを作りたかった。

 

誰でも稼げるよ。
クリックするだけで不労所得だよ。
1日〇分だけ作業すれば十分だよ。

 

私は、そういう謳い文句の商品が大嫌いだ。

世の中の構造上、一般市民がそういう事をできるわけが無いのだ。

そうなる為に、何かを犠牲にして土台を作っているなら話は別だが、
それにはたかだか数十万払って得られるものではないはずだ。

結果を得ている人こそ、絶えずトライ&エラーを繰り返している。

 

そういう想いで、私のビジネスモデルは必然的に
「稼ぎやすいけど、手を動かさない限り結果は出ない」
ものになっていった。

 

ビジョンはできた。

再現性も高く、決して難しいものじゃない。

 

自分が抱えていた「こうすればもっと稼げるのに」
というフラストレーションを一気に払しょくする為、
いよいよ専用のWordPressテーマの開発に取り組む決意を固めた。

 

その開発とプロジェクトとしてスタートできるまでの数ヶ月間の運転資金として、最低500万円が必要だった。

 

選択肢は2つ。

1つ目は、その資金を確保できるまで、事業を拡大し続ける事。

100万円の粗利を確保できた9月。

 

その成績から逆算すると、一年は掛かってしまいそうな計算だ。
なんせ、粗利から人件費と借金返済がある為、それでは全然回らないのだ。

 

2つ目は、必要資金を調達する事。

尊敬する孫正義さんの言葉で、
「事業はイケるという可能性がある時点で始めないとならない。
準備がすべて整ってからスタートするのではもう遅いのだ」

という名言を思い出した。

確かにその通りだ。

ネットビジネスは流行り廃りも恐ろしいくらい早い。

遅く取り組むこと自体がリスクになる世界だ。

自分は、後者の選択し、
恩師のX社長に相談する事に決めた。

 

結果的には、こちらのブログでも書いてある通り、
出資を受けることが驚くほどすんなりと確定。

で、結局いくら必要なの?投資してくれって事なんだろ?

 

もう肚は決まった。

やっとプロジェクトとしてスタートできることが確定したのが、11月の事だった。

 

丁度その頃、自分は覚醒の時を迎えることになる。

 

喪黒福造氏の助言もあって、
まずはメインサイトのPVを1000万超える事だけに焦点を絞って運営する。

 

すると、思いがけなかった事態が次々と起きた。

 

まずFaceboook広告に利用できる与信枠が200万円から500万円に増額が決定した!

圧倒的なPVが稼げるようになると、続々と大手広告会社からのアプローチがあった。

 

駅から徒歩12分、6畳ワンルームの小さな事務所に、
大手企業の営業マンが次々と来訪してくれ、
サイト収益力が一層高まっていく。

 

結果的には、11月はクリック収益だけで200万円という利益を確保。

ずっと貧乏だった我が家。

青森のSUNDAYというホームセンターの安売りで、

上京する19歳の時に、

お袋から買ってもらった1万円の電子レンジ。

それを約20年間に渡りずっと使っていた。

 

やっと役目を終え、YAMADA電器で最も高額のヘルシオに買い替えた。

 

12月には、事故によって足を大怪我し、前の仕事を止めざるを得なかった過去をもっているJUNを社員として迎え入れ、自分はメディア運営の一線から退いた。

傍にいる私の右腕は、事故によって足を大怪我して、前の仕事を止めざるを得なかった過去をもっている。タッグを組んで二ヶ月後・・・

日々のFacebook広告だけは自分が管理をする。

それ以外の時間は、プロジェクトの開発に時間を割く日々である。

 

そんな環境で生まれた12月の成績は、月商1000万、粗利益で600万。

 

既に、記事を書く、Facebookに投稿をする、
という事すらしない環境下で、これだけの数字を残す事ができ、
私のノウハウは「収益を量産できるタイプ」であると確信した。

 

なんせ、JUNは初めてまだ1ヶ月なのだ。

 

年初には、会社の管理部門を担ってくれながら、
家事に育児に大忙しの妻の為に、
ビックカメラで最も高額だったドラム式洗濯機を購入した。

 

JUNの加入により、やっと自分が求めていたリッチ生活が実現する。

誤解して欲しくないのだが、リッチというのはお金があるという意味ではなくて、豊かだという意味だ。

私にとっては、不自由なく暮らせて、家族と過ごす時間を長く取れる事がリッチ=豊かだと思っている。

 

朝は子供達と一緒に起きてご飯を食べ、保育園に送り届ける。

帰ってきてからは妻と共に仕事。

昼は妻と共に外食をし、時にはスーパーへの買い物も一緒に行く。

18時には一度帰宅をし、妻は保育園へ。
私は1歳の長男を見ながら夕食の準備だ。

そして、夕食~お風呂~寝かしつけまで、家族全員で過ごす。

子供達が寝た後は、再び22時頃から仕事を再開し、
1~2時頃には就寝する。

土日は特別な事がない限りほぼ休み。

月に一度は、平日に休みを取り、
子供たちを連れて遊びに出掛ける。

 

今度はディズニーランドがいい、とせがまれているが、
イチゴが大好きな子供たちには、まずはいちご狩りを体験させてあげようかな、と一人企んでいる。

 

初めて取組んだWordPressテーマの開発。

やはり、課題はいくつもありなかなか完成しない。

本当は年末にはスタートさせたかったBuRuプロジェクト。

 

しかし、自分自身が納得できるレベルに到達するまで妥協はできない。

自分の妥協が、購入者の方々を不幸にするリスクすら負っているのだから当然である。

 

開発したWordPress『BuRu』をフル装備して迎えた1月は、12月より落ち込んだものの粗利益で400万。
日数も少なく、消費の落ち込む2月でさえ1月と同水準の粗利益率をキープできた。

 

特に2月は、月初にメイン広告アカウントがBANされ、
その三日後にはアドセンス警告を喰らって、
数日間はアドセンスを利用しないという期間があったにも関わらず、結果を残す事ができた。

 

『BuRu』は本物だ。

 

それを提供した仲間たちが、次々と成果を挙げ始めている。

 

動画を見せるだけで収益が生まれる新構造。

BuRuにしかない強みがある。

 

最も重要なのは、アクセスを集める仕組みとアクセスを収益に変える構造だ。

その両輪を兼ね備えた『BuRu』。

 

初心者だって関係ない。

 

時間は掛かるかもしれないが、
2015年の6月にネットビジネスの世界に足を踏み入れた当初は本当にど素人で、
ドメインやサーバーの意味すら解っていなかったのがその頃の自分だ。

そんな自分でも、一年半後には月粗利で100万円稼げるようになるのだ。

 

それを最短距離で達成できるようなプログラムを搭載したBuRuプロジェクト。

 

プロジェクトにおけるカリキュラム数は、ゆうに50を超えているし、
今後もノウハウが蓄積されるに連れて、どんどん増えていく事だろう。

 

私は、このプロジェクトで、在宅で稼げる人達を沢山輩出し、在宅ライターという新しい職種を世に根付かせたいと本気で思っている。

 

日々の生活の中で1~2時間でも費やして、
日給1万円を得られたら良いなぁ~と思われたなら、

将来において、今の収入では不安だと思われているなら、

より家族と過ごす時間を得られたいと思っているのなら、

今の環境を打破したい、
過去の自分に打ち勝ちたい、
ライフワークを充実させたい、
旅行やプライベートに費やせる収入減を確保したい、

 

一つでも当てはまることがあるのなら、

きっと弊社は力になれる事があるはずです。


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コメント

    • オオタ
    • 2017年 4月 15日

    漫画を10話まで見させていただき、コメントを何度かさせていただき、ねじまき君のあだ名を勝手にホルモンだと解釈して失礼極まりないオオタです。

    みんなのコメントを読んでいたらこの記事にたどり着きました。
    どんどん読み進めました。

    私、ここで頑張らないともう先がない!
    このプロジェクトは参加したいです!

    秋田にもサンデーあります。

    私は毎月どうやって支払いをやりくりしていけばいいのか頭を抱え込む毎日から早く抜け出したいです。
    苦しいのは嫌です。
    サイトアドセンスやってますが、アクセスの集め方が分かりません。
    YouTubeの動画にアドセンス紐付けしても消されました。
    グレーゾーンで作業する度胸は私にはメンタル弱くて向いてません。

    堂々とまっすぐネットで稼ぎたいです。

    • yslink
    • 2017年 4月 18日

    コメントありがとうございます< (_ _)>

    堂々と真っ直ぐネットで稼ぎましょう。

    サイトアドセンスをやっておられるなら、話は早いですね。

    アクセスを爆発的に呼び込む手法を、BuRuプロジェクトで教えています。

    多分、今のサイトアドセンス収益の10倍くらいは稼げるはずです。

    2年前までネットど素人だった自分にもできたので。

    プロジェクトへのご参加お待ちしております。

    東北県民同士頑張りましょう!
    がっちりサポートさせて頂きます< (_ _)>

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